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高知地方裁判所 昭和41年(ワ)532号 判決 1973年11月14日

原告 浜田博之

被告 高知県

主文

被告は原告に対し金四万四、〇〇〇円および内金三万四、〇〇〇円に対する昭和四一年一〇月三日から、内金一万円に対する本判決言渡の日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告は原告に対し金二〇万四、九八〇円およびこれに対する昭和四一年一〇月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  事件の発生

原告は、昭和四一年一〇月三日午後一〇時半頃、訴外美藤仁(以下単に美藤という。)とともに飲酒のうえ、各原動機付自転車を運転して高知市旭町三丁目通り(本丁筋)を西進し、先行する美藤に追随して同町二丁目巡査派出所前交叉点を通過しようとした際、同派出所前において立視中の高知県警察本部高知警察署外勤課巡査訴外西岡久作(以下単に西岡巡査という。)に停止を求められ、同派出所へ同行されたが、すなおに飲酒運転の事実を認めその非をわびたため、説諭されただけで赦され帰ろうとしたところ、右西岡巡査が丁度そこへ入つて来た前記美藤に対し、「おぬしはなにしにきた。」とどなりかかつたことから口論となり、更に同巡査が美藤に対して飲酒運転の疑いを抱き質問したため右口論も激しさを加えたが、結局証拠がないとのことで帰されることになつた。

そこで、原告らが同派出所を出て帰宅すべく原動機付自転車にまたがつたところ、同所にかけつけて来た西岡巡査に再度呼び止められ同派出所へ同行を求められたが、このような同巡査の執拗な態度に腹を立てた美藤が、同巡査に対し、「なんなら、おら乗らせんがな。」などと言つたことから同派出所内において再び口論を始め、同巡査が飲酒量検知用の風船を取り出し美藤の飲酒量の取調べをしようとしたことをめぐつてはげしく言い争いを続けていたので、原告がこれをなだめていたところ、折から連絡を受けてかけつけて来た前記外勤課主任巡査部長訴外森俊(以下単に森巡査部長という)、同課外勤係巡査訴外桑原憲一(以下単に桑原巡査という)、同石川昭(以下単に石川巡査という)の三名に対し、前記美藤が「どうもせんがな。」と言いながら片手で右森巡査部長らの近よるのを払つた。そこで、右森巡査部長らは美藤をとり押えに行こうとしたので、これを見た原告が美藤と右森巡査部長らの間に割つて入ろうとしたところ、原告の肩を森巡査部長が突いたので、原告は「警察官が暴力を振るうのか。」と責めたのであるが、森巡査部長は原告をうしろ手にねじあげたまま同派出所内の東隅へ突き押し、「ひとしちやん(美藤のこと)警官が暴力をふるつたからみといてや。」と叫ぶ原告に対し、「なにいいよるやら。」などと言いながら、前記桑原、石川両巡査とともに、原告の首を押え、手をねじあげたまま同派出所脇の病院前の空地へ原告をひきずり出し、なおも「警官が暴力をふるうのか」と叫び同所にうづくまつている原告に対しこもごも蹴る、突くなどの暴行を加えたうえ、右両巡査に命じて原告にうしろ両手錠をかけさせ、同派出所前に止めてあつたパトロールカーの後部座席へ原告を放り込み、同車内において強く抗議する原告に対し、右警察官らはさらにその首をしめるなどの暴行を加えながら原告を高知署まで連行した。そしてその後、右警察官らは原告の要請により前記両手錠を外し、飲酒運転の事実につき原告の取調べをしたうえ、同月四日午前零時一〇分頃原告を釈放した。

(二)  被告の責任

前記の森巡査部長ら警察官三名の暴行行為は、原告に対し、何ら強制捜査をなすべき事由もないのに、権限を濫用して違法に逮捕をなし、なおかつ、故意に暴行を加えて後記の如き傷害を加えたものであるが、右三名の警察官は、被告高知県の職員であつて公権力の行使に当り、故意又は過失によつて違法に原告に損害を加えたものであるから、被告は国家賠償法第一条第一項により原告が前記の暴行に起因する受傷によつて蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

原告は高知市内において建具業を営む実兄の訴外浜田俊久に建具職人として雇傭されている者であるが、前記暴行により全治一週間を要する顔面右頸部打撲傷皮下溢血、両膝部左下腿左腰部挫創、両手首挫傷の傷害を蒙つた。

(1)  右傷害によつて、原告は五日間、欠勤しその間の賃金四、〇〇〇円を失つた。

(2)  右傷害の治療費として旭診療所に診断料金一〇〇円及び証明料金五〇円を要した。

(3)  本件暴行、傷害によつて、原告は言語に絶する苦痛と恥辱をうけ、あたかも重大犯人の如き扱いをうけて、派出所から警察署へと夜一二時すぎまでひつぱり廻されたこと等によつてうけた精神的苦痛は金一五万円をくだらない。

(4)  なお、本件不法行為による損害賠償請求訴訟をなすにつき、訴訟手続にくらい原告は、弁護士土田嘉平を訴訟代理人に委任したが、その際の着手金として金二万円を支払い、勝訴の際の報酬として認容額の二割を約している。その報酬額は一応金三万〇、八三〇円となる。

(四)  よつて、原告は被告に対し、右損害の合計金二〇万四、九八〇円とこれに対する本件不法行為発生の日である昭和四一年一〇月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の答弁および主張

(一)  認否

請求原因事実中、西岡巡査が原告主張の日時場所において飲酒運転中の原告を停止させ、派出所内へ招き入れたが、原告がすなおにその事実を認め、謝罪したことから説諭しただけで帰そうとしたこと、その時美藤が同派出所へ入つて来たこと、右西岡巡査が飲酒量検知用の風船を取り出し右美藤の飲酒量の取調べをしようとしたことをめぐり、右西岡巡査と美藤との間に言い争いがあつたこと、その際他の警察官が高知警察署に連絡し、森巡査部長ら三名の警察官が前記派出所へ入つて来たこと、森巡査部長ら三名の警察官が原告に対しうしろ両手錠をかけ、原告をパトロールカーに乗せ高知警察署へ連行したことおよび同署において原告の要求により手錠を外したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  主張

森巡査部長ら三名の警察官のとつた行動は以下に述べるとおりすべて警察官としての正当な職務行為であつた。

(1)  西岡巡査は原告主張の日時、場所において交通指導取締中、原動機付自転車を運転して併進中の原告らを現認したので、これが注意指導のため車道上に出て所携の懐中電灯で合図し停車を求めたところ、原告だけがこれに応じて停車したので、運転免許証の呈示を求めたが、その際酒臭から飲酒運転の容疑が生じたため原告を同派出所内へ招き入れ、これを注意すると、原告は「自動車学校では〇・八リツトルまでは飲んでもかまんと教つた。」などと言つてこれを正当化しようとしたが、同巡査は約五分程で一応質問を打切り原告に帰宅を促した。

そして右西岡巡査は自ら先に立つて同派出所外へ出た際、同所西隣の高知市消防署旭出張所前の歩道上を酒に酔つて千鳥足で歩いて来た美藤の姿を認め、その着衣、格好から先程自己の停止の合図を無視して逃走したのが同人であると確認され、無免許運転のため逃走したのではないかと思われたため、運転免許証の呈示を求めたところ、同人は「おれは車に乗つていない。免許証を見せる必要はない。お前は制服を着ていると思つてえらそういうな。生意気だ。」などと大声で食つてかかり、右西岡巡査に対し右手で五、六回その右肩附近を突き、車道方向へ二メートル位押し出すなどの暴行を加え、その公務の執行を妨害した。

そこで西岡巡査が「なにをするか。」というと、美藤は「なぐれやなぐつたら俺の勝ちじや。」などとわめきながらせり寄つて来たため、同巡査は道路では危険であり、また通行人に迷惑をかけるおそれもあつたことから、同人を前記派出所内へ呼入れ、運転の事実を尋ねると原告がこれを認めたので美藤に再度運転免許証の呈示を求めたところ、同人は「三年間無事故でお前等にがたがた言われることはない。」などと言つてこれを拒んでいたが、原告の忠告により、ようやく免許証を呈示したので、その住所、氏名などが明らかになつた。

右の次第で美藤について飲酒運転の容疑があり、飲酒量検知の必要が生じたため、西岡巡査がこの旨高知警察署へ電話連絡中、美藤が「見せたらよいろうが。」といいながら免許証を持つて原告とともに出て行つてしまつたため、同巡査は直ちに後を追い、前記消防出張所西側の路地を南に向つて歩行中の原告らに「おい待て。」と呼び止めたところ美藤は「お前を殺しちやる。」といいながら原告とともに前記派出所へ引返して来て、飲酒量検知のための風船を吹くようすすめる同巡査に対し、カウンター越しに相対し「法律で風船をふくらますようになつていないから俺はふかん。」とか、カウンターを手で強く叩きながら「よしふくらまして、飲んでもかまん量が出たらどうするつもりぞ。」「お前を殺してやるきに庖丁を持つて来い。」などと脅迫的言動をなし、右検知に応じようとしなかつた。

そうしているうち、同日午後一〇時四五分頃森巡査部長が、石川、桑原両巡査および巡査片岡好孝とともに高知警察署からパトカーでかけつけ、前記西岡巡査とともに美藤の説得にあたつたが、同人は「おんしは本署から呼んだねや。」と言いながら両手を上げて右森巡査部長に掴みかかろうとした。

原告はその間森巡査部長と美藤の間に割つて入つたり、前記風船を取り除けたりして取調の妨害をしていたが、そのうち右美藤の手をとり派出所外へ連れ出そうとしたので、森巡査部長がこれを制止したところ、原告は右森巡査部長に対し、「酒を飲んで車に乗つてなぜ悪いか。」「そんな法律があるか。」などと美藤とともに言い寄つたため、前記石川巡査が「一緒に言うてもわからん。」といいながら原告の肩を軽く押して注意したところ、原告は「警察が暴力を振るつてかまんか、兄貴警察が暴力を振つた、よう見ちよいてくれ。」と言つて同巡査の胸倉をつかんだので、桑原巡査が警察官職務執行法第五条後段の制止行為としてその中に分け入り、原告の肩を抱くようにして東側へ押し除けた。

これに対し原告は「おんしら暴力を振うて何を言いよりや。」と言いながら右石川巡査に体当りして押し除け、さらに前記森巡査部長に喰つてかかり、同巡査部長の注意にも従わず、美藤とともにわめき散らし、騒然となつて美藤の取調ができない状態になつた。そこで、原告と美藤を分離させるため桑原、石川両巡査は右森巡査部長の指示により、警察官職務執行法第五条の制止行為として、なおも「おんしら暴力を振うか。」と手を振り足で蹴るなどして暴れる原告の両手を片方づつつかんで派出所前の歩道まで連れ出した。

ところが間もなく原告が右両巡査の手を振り切り、右桑原巡査の首のあたりを一回殴りつけて同派出所内へ戻つたため、右両巡査は再び外へ連れ出し、大声でわめき散らす原告をさらに遠くへ引き離すため同派出所東側の道路へ連行中、原告がつまづいて右桑原巡査とともに前のめりに路上に倒れた。

そして、その直後、原告は「おんしらに用はない。」と言いながら掴まれている手を振り切り、右両巡査に体当りし、右桑原巡査を蹴り、その左襟につかみかゝり、あるいはけん銃に二度も手をかけてこれを取ろうとするなどし、同巡査から「けん銃になぜさわるか、お前は巡査のえりやネクタイを引つぱつたり蹴つたりけん銃に手をかけたりしたらたとえ酔つていても公務執行妨害になるぞ、静かにしておれ。」と警告されたにもかかわらずなお「おらは何んちやせん。」といいながら同巡査の首に手を巻きつけて組みかゝつて来た。

そこで右両巡査は共同して派出所前のパトカーのそばで原告の両手を片方づつ掴んで逆手にしてその背部に廻して制圧し、美藤が取調に応ずるようになつたため、原告の状態を見るため派出所から出て来た森巡査部長に右のような経過を報告したところ、その間体をもがき足で両巡査を蹴つて制止から逃れようと抵抗している原告の態度を見て、酒の酔いと強度の興奮で正常な判断力を失い警察官に暴行を加え、又そのまゝ放置すると飲酒運転を継続する虞もあり、高知警察署において保護する必要があると判断した同巡査部長から同法第三条第一項に基づく保護として同署へ連行するよう命令を受け、パトカーに乗せようとすると原告はこれを拒み体を動かし両足をばたつかせ又は両巡査を蹴つて車に乗るまいとして暴れたため、通常の処置では保護の目的を達することは出来ないと認め高知警察保護取扱規程第一二条に基づき戒具を施して暴行を制圧すべきものと判断した右森巡査部長からさらに「手錠をかけよ」との命令を受けて原告の両手を背後に廻したまゝすばやく手錠をかけ、ようやくパトカーに収容した。原告はパトカー内で背部を後部シートにすりつけるようにして坐り前部座席を足で蹴りつけて暴れながら「おれを誰と思うか浜田文平の弟だぞ。」「あとでやつちやる。」などと言つていたが、右桑原巡査が横に坐り制止しながら高知警察署に到着した。

そして前記石川巡査が原告を同署外勤係の受付カウンターの内側の椅子にすわらせたところ、原告は「警察は覚えておれよ、あとで絶対やるけねや。」などと喰つてかかつていたが、五分程で静かになり、手が痛いから手錠をゆるめる様要請したので、これをゆるめてやり、その後原告の求めに応じて居合せた警察官が水を飲ませ、タバコを買い与えてやつたところ、原告は「もう暴れんきに手錠をはずしてくれんか。」と要請したため、右石川巡査がこれを確認し、当直上司の指示を受けたうえ、同日午後一一時一五分手錠を外して保護を解除した。

その後同巡査が原告の飲酒量を呼気検査によつて検知し、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上あることを確認して検知器を封印し、これに原告が指印し、同日午後一一時五〇分頃右交通違反の処理を終えた。

三、被告の主張に対する原告の答弁

原告の主張事実に反する点を争う。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因事実中、昭和四一年一〇月三日午後一〇時半頃高知市旭町二丁目旭巡査派出所前において、西岡巡査が飲酒のうえ原動機付自転車を運転していた原告を停止させ、同派出所内へ招き入れたが、原告がすなおにその事実を認め謝罪したため説諭しただけで帰そうとしたこと、同派出所内において西岡巡査と美藤との間に飲酒量検知用の風船で美藤の飲酒量を調べることをめぐつて言い争いとなり、その際他の警察官が高知警察署へ連絡し森巡査部長ら三名の警察官が同派出所へ来たこと、その後桑原巡査らが原告に対しうしろ両手錠をかけ、パトロールカーに乗せて高知警察署へ連行し、同署において原告の要求により手錠を外したことは当事者間に争いがない。

二、証人美藤仁(第一、二回)、同西岡久作、同森俊、同森田紀一、同片岡好孝、同桑原憲一、同石川昭、同片岡勝利、同明神栄子の各証言および原告本人尋問の結果(後記の信用しない部分を除く)を総合すれば次のような事実が認められる。

原告は美藤とともに昭和四一年一〇月三日午後一〇時ころ、高知市内の飲食店で日本酒を各〇・三六リツトル位とビールを少々飲んだ後、各原動機付自転車を運転して帰宅の途中、原告が前記派出所前付近において美藤を追い抜いたところ、これを並進進行して来たものと誤解した前記西岡巡査に停止させられ、原告は西岡巡査から同派出所内において、運転免許証の呈示を求められ、住所変更手続をすべきことや、飲酒運転の点を注意された。原告は、一旦は運転免許取得の際自動車学校で〇・八リツトルまでは飲酒してもかまわないと教えられたなどと弁解したものの、間もなく素直に同巡査の注意を受け入れ、原動機付自転車を押して帰る旨述べたことや飲酒量、運転距離、自宅までの距離が短かかつたことなどから同巡査より指導説諭されただけで帰宅を許された。

そして西岡巡査は先に立つて同派出所を出たが、その際同派出所西隣の高知市消防署旭出張所前付近の歩道上を千鳥足で歩いて来た美藤と出合い、その着衣、格好などから先程自己の停止の合図を無視して走り去つたのが同人であつて、無免許運転のため逃走したのではないかと判断し、同巡査が美藤に対し運転免許証の呈示を求めたところ、美藤は「車に乗つていないのに免許証を見せる必要はない。」「制服を着ていると思つて言葉態度が生意気な。」などと言つてこれを拒み、また同巡査の肩を突くなどしたため、道路上で取調べをすることは危険であると判断し美藤に対し右派出所内へ入るよう説得し、ようやくこれに応じて同派出所へ入つて来た同人に再三運転免許証の呈示を求めたが、同人はなおも「三年間無事故の免許証をお前らに見せることはない。」などと言つてこれを拒んでいたけれども、原告の忠告によりようやくこれに応じたためその住所、氏名などが明らかになつた。

しかしながら右のようなやりとりをしているうち美藤が飲酒していたことが明らかとなり、飲酒運転の容疑から、飲酒量検知の必要が生じたが、それまでの同人の態度から素直にこれに応じないおそれがあつたことから同巡査は居合せた他の警察官と相談のうえ高知警察署へ電話連絡中、美藤が原告とともに外へ出て行つてしまつたため、同署へ電話で応援を依頼し、右両名を追いかけ、前記消防出張所角の小路付近で追いつき、「おい一寸待て。」と呼びかけたところ、美藤が「生意気な、お前を殺してやる。」などと言いながら意気荒く原告とともに引き返して来た。そこで、西岡巡査は、派出所内においてカウンターの内側から飲酒量検知用の風船を取り出して美藤に対しこれを吹くよう再三説得したが、同人は「法律で風船を吹くことになつていないから風船は吹かない。」「風船を吹いて飲んでもかまん量が出たらどうしてくれるか。」「もし飲んでいけない量が出たら罰金も払う、わしを殺してもかまわん。」「お前を殺してやるから庖丁を持つて来い。」などと手でカウンターをたたきながら大声でわめき立ててこれに応じなかつた。その間原告は、同人をなだめたり、同巡査に許してくれるよう要請していた。

そうしているうち同日午後一〇時四五分ころ、連絡を受けた森巡査部長が、桑原、石川両巡査らとともにパトカーでかけつけ、美藤らのそばに寄つて西岡巡査から事情を開き、同巡査とともに美藤に検知に応ずるよう説得したが、美藤は西岡巡査が応援を求めたことをなじり、あるいは前記のようなことをわめくなどしてこれに応ぜず、一方原告は、その間森巡査部長と美藤との間に入つて許してくれるよう懇願したり、カウンター上に置いてあつた前記風船を寄せたり、美藤の手を取つて帰ろうとしたりして捜査を妨げるような行動をし、同巡査部長の制止に従わなかつたため、同巡査部長は、桑原、石川両巡査に対し、原告を引き離しておくよう命じ、右両巡査が、原告の両側からその手を持ち抱きかかえるようにして派出所東隅へ連行したところ、原告はもがきながら興奮して、「警察官が暴力を振つた、仁ちやん見ておいて。」などと叫び、また「お前らに話しても判らん、あの男と話をつける。」と言つて右両巡査を押し除けて森巡査部長のそばへ走り寄り、「風船を吹く必要がないから帰ろう。」などと再び前記のような行動を示したため、同巡査部長は、公務執行妨害のおそれがあるとして、右両巡査に原告を派出所外へ連れ出すよう命じた。

そこで右両巡査が原告の両側から各々その手を持ち抱きかかえるようにして押して外へ出て派出所東側の病院入口前まで連行したのであるが、そうする間も原告は足でドアを蹴つたり、踏ん張つたり、両巡査に組みついたりあるいはその手を振り切つて派出所へ戻ろうとしたりして強く抵抗したため、途中二度程つまづいて桑原巡査とともに前のめりに倒れて膝をつき、あるいは右病院前で格闘のようになり倒れたり、原告の手が桑原巡査の拳銃に触れたり、両巡査が原告の手を後にねじ上げるような状態になつたりした。

一方原告が外へ連れ出されると間もなく美藤はおとなしくなり取調べにも応ずるようになつたため森巡査部長は外へ出たところ、前記両巡査に両手を後にして押えられながらなお体や足を動かして暴れている原告を認め、また右両巡査から前記のような原告の態度について報告を受け、そのように酒の酔と美藤の取調べなどにより興奮した状態では原告自身の取調べは不可能であるうえ、原動機付自転車を運転して帰るおそれもあつて、本人や他人の身体、財産を保護するため酔のさめるまで原告を保護する必要があるものと判断し、同派出所入口付近の歩道上において両巡査に対し原告を保護するよう命じ、両巡査が各々原告の一方の手を取つたまま待機していたパトカーに乗せようとしたが、原告がドアを蹴るなどして暴れて乗せることができなかつたところから、同巡査部長から更に手錠を施して保護するよう指示され、石川巡査が原告に対し所携の手錠を後手にかけたうえ、桑原巡査が引き入れ、石川巡査が後から押し込むようにしてパトカーに乗せ、桑原巡査が後部座席に原告と並んで坐りなおも時折前部座席を蹴るなどして暴れる原告を押えつけながら、同日午後一一時過頃、高知市帯屋町二丁目所在の高知警察署まで連行した。

同署に到着後、原告を署内事務室の椅子にかけさせていたが、間もなく落着きを取り戻し、暴れないから手錠を外して欲しい旨の原告の申立により、石川巡査が同夜の同署署長代理の職務にあたつていた訴外大石某係長の指示に従い、手錠を外すとともに保護を解除した。

原告はその後同所において飲酒運転の事実につき取調べを受け、翌一〇月四日午前零時一〇分頃同署から前記派出所までパトカーで送られ、帰宅した。

以上のような事実が認められ、前掲各証拠中右認定に反する部分は措信できず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

また、原告は前記派出所内や同所前あるいは連行途中のパトカーの中などにおいて前記認定の事実以上に進んで桑原、石川両巡査から両手をねじ上げられたり、蹴られたり突かれたり、あるいは首をしめられたりして暴行を受けたと主張するが、原告本人尋問の結果中これに添う部分は前掲の証拠に照して措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

二、ところで、被告は、森巡査部長ら三名の警察官の行為は警察官職務執行法に基づく制止行為および保護行為としてなされたもので、何れも正当な職務行為である旨主張するので、この点について検討する。

(一)  警察官が警察官職務執行法第五条に基づいてする犯罪の制止行為は個人の生命、身体、財産に対して直接危害が及ぶ場合だけに限られるものではなく、直接には公益に対する侵害であつても社会公共の法益保護のため社会秩序と安全を保つ必要性が認められる場合には許され、その方法としては事態に即して適切な方法を取り得べく、具体的事情によつてはその事態に応じ必要な限度で実力の行使に及ぶこともできるものと考える。

これを本件の場合についてみると、まず森巡査部長が美藤に対し飲酒量検知に応ずるよう説得中、原告がその間に分け入つたり、前記風船を寄せたりあるいは美藤の手を取つて帰ろうとするなどその捜査活動を妨げるような行動をし、制止の注意にも従おうとしなかつたため、桑原、石川両巡査に原告を引き離しておくよう命じ、右両巡査が原告の両側からその手を持ち抱きかかえるようにして派出所東隅へ押しやつた点は、その間美藤が相変らずカウンターをたたいたり大声でわめいたりしていて、原告のそうした行動が著しく捜査活動に支障をきたし、現に公務執行妨害の結果が生じていたものと認められるような状況にあつたのであるから、なおこれら犯罪の発生を制止するためなされた前記行為はその必要性においてもまたその方法においても適法な制止行為であつたものと認められる。

また、右のような警察官の適法な制止行為にもかかわらず、原告はかえつて興奮し、前記認定のようにその手を振り切つて、森巡査部長のそばへ走り寄り、再びその職務を妨害したため、同巡査部長が桑原、石川両巡査に原告を派出所外へ連れ出すよう命じ、右両巡査が右同様にして原告を派出所外へ連れ出し、派出所東側の病院入口前まで連行したことも犯罪の制止行為として適法なものであつたと認められる。もつともその途中原告が右警察官らとともに前のめりに倒れて膝をつき、あるいは病院前で格闘のようになつて倒れたり、右両巡査が原告の手を後にねじ上げたような状態になつたりしたけれども、これは原告が右両巡査に連行されることに強く抵抗し、ドアを蹴つたり、両巡査に組みついたり、その手を振り切つて派出所内へ戻ろうとしたりして激しく暴れたため、そのような状態になつたものであつて右両巡査が制止の目的以上に進んで乱暴を加えた訳でもないのであるから、原告の右のような態度に徴すると、右両巡査がその程度の実力の行使に及んだこともやむを得ないところであつて適法な制止行為として是認されるべきである。

(二)  次に同法第三条に基づいて警察官が行う保護は、同条第一項第一、二号に該当する者で、且つ応急の救護を要する状態にある者に対し、その者のために行なわれるべきものであつて、犯罪の予防や捜査をその主たる目的として行なわれるべきではないから、右の目的に添つた適切な措置がとられなければならない。

もつとも同条第一項第一号に該当する者の保護については必要に応じその者の意思に反して強制的に行うことができ、もしその際必要であれば手錠等の戒具を使用することもできるけれども、右のような保護の目的からしてこれら強制力の行使や戒具の使用はできる限り差し控えるべきであつて、その者が現に暴行しているなど自己もしくは他人の生命、身体または財産に危害を及ぼす事態にあり、あるいはそうした事態に至るおそれが極めて強いような場合であつて、その危害を防止し、その者を保護するため他に適切な方法がないと認められる場合に限り、真にやむを得ない限度と方法で行われるべきである。

中でも手錠は逮捕した被疑者に対して、逃亡、自殺、暴行などのおそれがあり、その必要がある場合にのみ使用されるのが通例であつて、手錠の使用それ自体これを施される者にとつては著しく不名誉、屈辱的でかつ人格を傷つけられるものと考えられるから、前記のような目的のためにされる保護の手段として手錠を使用するについてはいたずらにその人権を傷つけることのないように極めて慎重でなければならない。

そして特にいわゆる後手錠は通常の手錠の使用方法に比べて強力、苛酷であつて、その者の受ける右のような不利益の程度は一そう強いうえ、身体の自由は極度に制限され、場合によつては身体に危険を及ぼすこともあり得るから、通常の手錠使用ではどうしても措置し得ないような特別の事情のある場合の外、安易にこれを用いるべきではないというべきである。

そこで以上のような観点から本件の保護の当否を検討する。

前示のとおり原告は桑原、石川両巡査に派出所東側の病院入口前まで連行され、同所で両手を後に押えられながらなお体や足を動かして暴れていたのであつて、それまでの原告の行動からして酒の酔や前記のような強制的な制止行為を受けたことなどから異常に興奮し、もはや正常な判断能力を欠き精神錯乱の状態に陥つており、しかも依然として警察官らに対し暴行、傷害等の危害を及ぼし、あるいは再び危険な飲酒運転を行うおそれが極めて強い状態にあつて、当時の状況からして説得、帰宅、家族や適当な第三者への引渡など他に適切な救護の方法をとることが期待し得ない状況にあり、しかも当時派出所内には美藤が居たので、同派出所に保護することは適当でなかつたものと認められるから、この場合警察官職務執行法第三条第一項第一号に該当する者としてとりあえず高知警察署へ救護を要する状態にあつたものと考えられる。

そして原告のそれまでの態度、精神錯乱の程度および保護の命を受けた桑原、石川両巡査が一旦原告の手を取つたままパトカーに乗せようとしたけれども原告はそのドアを足で蹴るなどしてなお強く暴れ、乗車させることが困難な状態であつたことなどの点に照らすと、この場合手錠を使用してその身体の自由を制限することもやむを得ない事態にあつたものと認められる。

従つて前示のように森巡査部長が桑原、石川両巡査をして原告の保護を命じ、右のような事態を確認して更に手錠を使用して保護するよう命じた点は何れも適法な措置であつたものといわねばならない。

ところで証人森俊、同桑原憲一、同石川昭、同片岡好孝の各証言によれば、森巡査部長は単に手錠をかけて保護するよう命じたに過ぎず、特に後手錠にするよう命じた訳ではなく、その当時同巡査部長の外パトカーの運転をして来た警察官も近くに居たが、偶々桑原、石川両巡査が原告を後手に押さえていたところから便宜そのままの態勢で石川巡査が所携の手錠をかけたため後手錠になつたものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

しかしながらすでに述べたとおり後手錠をするについては特に慎重でなければならないところ、本件の場合、美藤はすでにおとなしく取調べに応ずるようになつていたからそちらに注意を払う必要はなく、また右認定のとおり原告の近くには森巡査部長やパトカーを運転して来た警察官も居たのであり、一方原告は異常に興奮していたとはいえ、主として右警察官らとの接触を通じて昂じた一時的なものであつたし、その抵抗の程度からしてこれらの者が協力すれば通常の手錠の使用方法をもつてしても充分保護の目的を達し得たものと認められ、特に後手錠でなければならないような特別の事情は認められないばかりか、本件の場合パトカーに乗せて連行するのであるから、後手錠のままではかえつて乗車中不自然な姿勢を強いられることになり、座席にもたれた場合は身体傷害等の危険さえ生じることは当然予想されたところであつて、これらの点に照らすと本件の場合後手錠をすべき事態にはなかつたものといわねばならない。

しかるに右のような点に深く留意せず、桑原、石川両巡査が偶々そのような態勢にあつたということからその必要の限度を超えて安易に後手錠を施し、これを指揮していた上司の森巡査部長もこれをそのまま看過したことは過剰違法であつて、結局公権力の行使にあたる右警察官らがその職務を行うについて過失があつたものといわざるを得ない。

従つて被告は原告に対し、右警察官らの前記行為の結果生じた後記の損害を賠償する義務がある。

三、原告の蒙つた損害

証人美藤仁の証言(第一、二回)および原告本人尋問の結果ならびにこれにより何れも真正に成立したものと認められる甲第一号証、同第二号証の一、二を総合すると、原告は前記認定のような警察官との一連の接触行動の結果、顔面右頸部打撲傷、皮下溢血、両膝部左下腿左腰部挫創および両手首挫傷(施錠痕)の傷害を負つたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

しかしながら右傷害のうち両手首挫傷が後手錠をかけられたため生じたものであることは明らかであるけれども、その余のものについてはそれが前示の適法な制止行為の際生じたものと推認され、前示違法な保護行為の結果生じたものとは認め得ない。

(一)  休業による損害 金四、〇〇〇円

原告本人尋問の結果によると、原告は高知市内において建具業を営む実兄の下でその見習として働き、日給約八〇〇円を得ていたが、前記傷害のため五日間の休業を余儀なくされ、その間収入を得られなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

よつてその間の賃金相当額金四、〇〇〇円を損害と認める。

(二)  慰藉料 金三万円

原告が前記のように警察官からその限度を超えて違法に後手錠をかけて保護されたため、著しく名誉、人格を害され、精神的苦痛を蒙つたことはいうまでもないことであり、これによつて生じた前示受傷の部位、程度やしかしながらそのような事態に至るについては原告にも非難さるべき点があつたことなど諸般の事情を勘案すると、原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金三万円とするのが相当である。

(三)  治療費の請求について

前記甲第一号証および原告本人尋問の結果によると、原告は前記傷害中顔面右頸部打撲傷、皮下溢血、両膝部左下腿左腰部挫創の傷害につき、高知医療生活協同組合旭診療所において治療を受け、治療費として金一五〇円を支払つたことが認められるが、右傷害はいずれも前記のように違法な保護行為の結果生じたものと認められないからこれを損害と認めることはできない。

(四)  弁護士費用 金一万円

原告本人尋問の結果によれば、原告は本件訴訟遂行を原告訴訟代理人に委任し、着手金として金二万円支払い、勝訴の場合報酬として認容額の二割を支払う旨約したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、これに本件訴訟の難易度、その経過、前記弁護士費用以外の請求の認容額その他の諸事情を考慮すると、右訴訟委任はやむを得なかつたものと認められ、原告が被告に対し弁護士費用として請求し得べき金額は金一万円が相当である。

四、以上の次第で原告の本訴請求は被告に対し前項の合計金四万四、〇〇〇円および内金三万四、〇〇〇円につき本件事件発生の日である昭和四一年一〇月三日から、内金一万円につき本判決言渡の日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安藝保壽 上野利隆 村田長生)

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